産業科学の基礎

産業科学という言葉は氾濫しているが、産業科学といっても漠然としており、幅が広く、学問としての定義は存在していない。 

ここでは、産業科学とは、企業における商品開発に関わる科学的な事象の内、製品開発に強く関わる、開発、商品企画、社会的な規制などを扱う学問として解説する。

 

第1章 産業科学の基礎

1.1.テクノロジーと商品開発 

バイオテクノロジー、ナノテクノロジーといった言葉を良く耳にする。テクノロジー(Technology)は技術を表す英単語である。技術は理論を実用化する手段である。 現在では、種々の技術が開発されており、その技術が応用されて商品が生み出されている。または、目的とする商品を生み出すために、新しい技術が開発される。 技術にはそれを作る側の立場と、使う側の立場が常に存在する。 原始の時代には、人が道具を作り、自分自身でそれを利用していたが、現在では、作る人とそれを使う人が分離しており、道具が商品として売買されている。 使う人の欲する気持ち(ニーズ)が商品を生み出す原点である。

(1)ニーズとシーズ

 ニーズ(Needs)とは、消費者の意識する必要性、欲求である。この必要性、欲求が商品を生み出す。ニーズこそが商品開発の原動力である。
 一方、商品を生み出す際に必要になるものがテクノロジーである。このような物を作りたいと思っていても、それを作る技術が無ければ、商品は生み出されない。ここに技術開発の重要性がある。
 商品開発で重要なファクターはニーズであるが、商品開発には技術の種を意味するシーズ(Seeds)が先行するものもある。この場合、ニーズと乖離しては、商品開発は出来ないが、使用者の必要性、欲求のなかには無意識のもの(現状では想定できない)も含まれており、この無意識の欲求に合った商品を開発すれば、ヒット商品が生み出される。


(a)ニーズ指向の開発

 人間、すなわちユーザ(使用者)の立場からは、ニーズや必要性に基礎をおいた開発をすれば、その機器やシステムの存在理由が理解しやすいものになる。ニーズ指向の開発アプローチは、技術を活用するための必要条件である。
 一般的な商品開発では、ユーザのニーズを把握し、その上で、そのニーズを満たす商品を実現する。この過程で、現存する技術を使い、それだけでは解決出来ないときには、新技術を開発することとなる。
 しかしながら、このようなニーズ志向の開発のみでは、必ずしも新規の商品が次々と生まれてくる訳ではない。新しいテクノロジーが、ユーザが今まで考えも及ばなかった技術革新を、生み出していることにも注意が必要である。

(b)シーズ指向の開発

 新しいテクノロジーの研究開発は、用途が明確になっていなくても進めてゆくことが重要である。研究成果の利用は、後で考えても良い一面がある。
 しかしながらシーズの研究開発者は、研究の過程で応用分野についても一定の想定行う必要がある。想定された応用分野にその技術が、実際に応用可能かどうかは、そのシーズを評価するニーズ指向の研究者(おもに企業の研究者)が評価する。また、シーズ開発者の想定以外の応用分野への適合の可否も検討する必要がある。
 無論、シーズ指向の研究者がユーザの情報にも注意しながら研究すれば、理想的ではあるが、現実には難しいことが多い。

(c)シーズとニーズの融合

 シーズとニーズの融合があって、はじめて商品開発が実現する。図表1-1に商品開発のイメージ図を示す。

 


図表1-1 商品開発のイメージ図

 商品開発においては、ニーズ調査にもとづいて、そのニーズを実現する可能性が高い技術の研究が投資効率を向上面からも重要である。

(2)商品企画と商品

 企業から見れば、商品を開発して販売することは、基本的には社会への貢献と利益の追求である。使用者に競合他社の商品より役立つものを安価に提供し、その対価を受け取ることで利益を得る。
 一方、使用者の側からみれば、その商品を使用することで、利便性が向上、楽しみが増加、苦痛を和らげる、病気を治すなどの効果が必要であり、その対価として購入代金を支払う。

(a)事業目的の重要性

 商品開発において、どのような商品を企画するかは、その企業がどのような理念や使命(Mission)を持って存在しているかが大きく影響し、商品を開発する企業の事業目的が大きく関係する。
 企業は単純に利益を追求するために、商品を開発すると思い勝ちであるが、これだけでは、永続的な発展は望めない。創業の時、創業者は例えば、世の中からガンの死亡者を減らすために、安価でだれでも使用できる、抗がん剤を開発し、それを市場に供給し、利益を得ようといった、はっきりした目標を持っている。しかし、時間が経過し、企業が発展してくると、目的意識が薄れ、収益を上げ企業を永続することが目的化してしまう。こうなると目的意識を共有できない企業体になってしまい、逆に収益性の悪い組織になる例が多い。アイデンティティ(identity)とは、ある人やモノが他と異なってもっている独自性であるが、企業はアイデンティティを持ち続けながら新しい商品開発を実施すべきである。

(b)開発商品の位置づけ

 企業にとって商品開発は重要であることは述べたが、どのような商品を開発するのかにより、考え方は大きく異なる。
 商品の分類を図表1-2に示す。

図表1-2 開発商品の分類

(c)製品企画時期と利益

 他社より早く、製品を世に出し独占的に商品を販売すれば大きい利益が得られる。図表 1 0 1は新テクノロジーに基づく新商品開発からの売上高、利益の一般的推移を示す図である。

① 他社より早く製品を市場に送り出す

 理想的には、他社に先駆けて新製品を発売すれば大きい利益が得られる。図表1-3で示すように、参入期、成長期の利益が大きい。但し、他社に先駆けて商品開発するには、開発に投資が必要であり、開発期間および市場参入期間を短縮できなければ他社の追随を許すことになる。このため、開発費に見合う利益を得るには、大きいリスクを伴う。

② 成長期に商品を出す
 リスクは小さく、成功の確率は大きい、製品開発期間の短縮が必要である。一定の技術水準とマーケティングが重要な要素となる。

③ 成熟期に製品を出す

 価格政策が重要となり、薄利多売に耐える、生産力が要求される。以前は日本の得意分野であったが、現在では、台湾、韓国、中国が台頭しており、シェアの拡大は困難である。

 


図表1 3 新規商品開発からの売上高と利益のイメージ図

1.2.企業の発展と商品開発力

 企業は創業時には、はっきりした目的意識と新製品を携えて市場に参入してくるが、問題は継続して新製品を市場に投入できるかどうかが企業の継続発展の重要な用件となる。

(1)商品の企画力

 企業の安定的な発展のためには、商品の企画力が試される。そのためには、市場のニーズ、新しいテクノロジーの動向などの情報収集能力(マーケティング)が重要となる。常にユーザの欲しがる商品を企画できれば、その企業は安定的に発展を続けていける。マーケティングの出発点は人間のニーズである。ニーズは時代に応じて変化、変質する。このニーズをどのように探っていくのかが重要である。

(2)製品製作技術力

 製造技術力も商品企画力同様企業発展において重要である。商品企画力、製造技術力および販売力を備えれば企業の発展は磐石である。
 しかし、特別な企画力がなくても製造技術力の高い企業は、図表1-3の商品成長期に市場参入は可能である。
 製品製作技術力としては下記の能力が必要となる。

① 設計技術
② 生産技術
③ 製造技術
④ 品質管理技術

最近では製品の企画設計や開発は行うが、製品製造の為の自社工場は所有せず、メーカーとしての活動を行う企業も存在する。
 製造自体はEMSに全てか大半を委託し、製品はOEM供給を受ける形で調達し、自社ブランドの製品として販売するハブレス企業も多い。

*ファブレス(fabless):fab(fabrication facility:工場)を持たない会社
のことである。

*EMS(Electronics Manufacturing Service):電子機器の受託生産を行う
サービスのこと。製造企業が個別の製品ごとにラインを設置するのは効率が
悪いとして、1990年代より発達した業態である。

*ファウンドリ(foundry):半導体産業において、実際に半導体デバイス(半導
体チップ)を生産する工場のことを指す。

*OEM(Original equipment manufacturing):取引先の商標で販売される
製品の受注生産

 生産設備に資金が掛かる、大量生産によるコストダウンなどを目的に多様な
生産形態が発生している。

1.3.研究開発と商品化
 研究開発の重要性については、既に述べたとおりである。最先端の研究は必ずしも応用を見据えたものである必要はない。研究が進めば応用は見えてくるものであるが、研究者が応用分野を意識して開発することは、重要である。

(1)産学(官)の連携

 近年、産学連携が叫ばれ各所で種々の取り組みが実施されている。しかしながら、現状では成功例少ない。
 技術の種(シーズ)が開発されてからその使い道を考える、というアプローチは多くの場合に、無理に使い道を考えるケースもあり、商品としては成立しがたい。
 このような観点からは、企業においても大学においても、シーズ研究とニーズ探索を並行して進めるべきであり、この両者がマッチングしたとき、初めて良い商品が生まれる。
 多くの、大学の研究者は研究のための研究を実施しがちであり、一人よがりに商品化が容易と判断しているケースが多い。市場情報の研究が不足しているため、折角、官が援助して研究を進めても、商品化が実現しないケースが多々ある。
 学問としてのニーズ探索は、マーケティング手法として存在しているが。もっと、人間科学や社会科学(生活)の面からより深く研究する学問が必要と考える。
 もっとも、シーズ指向を否定しているのではなく、産学連携をより実現さすためには、ニーズ情報を、もう少し客観的に得るための手法が必要と思われる。

(2)企業における部門と商品開発

 企業ごとに部署の呼び名は異なるが、概略図表1-4に示すような組織で商品を製造販売している。

図表1-4 企業における商品開発関連部門

(a)営業部門

 ユーザに最も近い存在であり、開発された製品の販売と共に、ユーザの欲している商品、すなわちニーズの収集の第一線で仕事をしている。営業のサポートを実施しているのが、販売促進グループであり、個々の営業の意見を集約する役割を持つ。

(b)管理部門

 管理部門に属さずマーケティング部や商品企画部として独立している場合もある。
 この部署では、販売促進、ユーザ、応用研究部門から入手した市場ニーズを理解し、関係部門との連携を密にして、新商品の企画立案を行う。試作された、製品のデザインの検討、営業部門と連携し販売計画の検討を実施する。

(c)応用研究部門

 実際に製品を設計する部署である。企画立案された開発案件を具体的に詰めて製作図面とする。具体的にする段階で、基礎技術で確立された技術を応用する。

(d)製造部門

 具体的にされた、図面を検討し、試作品を作成する。試作の段階で製作のし易さやコストの検討を十分に行い、応用研究部門にフィードバックする。
 改善された図面に基づき、ある程度まとまった量を生産し、生産性や原価低減法を検討する。試作品の耐久性、使い勝手などを応用研究部門と連携して実施する。
 量産化の図面を作成し、量産を行う。

(e)品質保証部門

 試作された装置を用い、装置の耐久テスト(加速テスト)、安全性、規格との適合性を調査し、規制に対する許認可申請を実施する。

(f)基礎研究部門

 応用研究部門と連携をとりながら、最先端の開発情報を入手して研究をすると共に、他の研究機関との共同の研究も模索する。

(3)商品企画、市場への商品投入

 商品開発の決定と、上市(市場で商品販売を開始すること)の決定は企業活動の重要なイベントである。

(a)開発会議―開発商品の決定

 何を開発すべきであるかの決定は、企業にとって最も重要な意思決定である。商品企画提案は、開発会議で検討される。開発会議のメンバーは、図表1-4に示した部署の委員で構成され、討議が行われる。
 討議される必要検討項目を下記に示す。

 ①開発する商品が企業目的に適合するか。
 ②開発を成功するだけの技術力があるか。
 ③市場の要望に適合するか。市場のターゲット層の確認。
 ④販売価格、市場の大きさと投資額のバランス(収益性)は取れるか。
 ⑤競合他社の状況の検討。
 ⑥社内での優先度が高いか。
 ⑦販売方法や販売経路の確保は可能か。
 ⑧製造技術を確立できるか。
 ⑨規格や規制に適合できるか。
 ⑩サービス体制の構築は可能か。

(b)製品審査

 試作された商品が十分にテスト、評価された後、製品審査が行われ、上市の可否と時期が決定される。一度上市が決定され、商品を発売すると、撤退は企業イメージを損なうので、十分な検討が必要である。
 審査会の構成メンバーは、営業部門、営業のサービス部門、品質保証部門、管理部門、製造部門よりなる。検討項目は下記に示す事項である。
 ①対象装置は、規格をクリアしているか。
 ②安全性は十分か。
 ③耐久性は満足しているか。
 ④サービス体制は準備できているか。(人員、部品)
 ⑤競合他社と品質(性能、デザイン、使いやすさ)、価格で競合可能か。
 ⑥供給体制の準備は整っているか。
 ⑦利益を継続的に得ることができるか。

1.4.商品化と規制

 企業が商品を製造、販売して産業活動を行う場合、自由主義経済であっても最低限の規制が必要であることは、容易に理解できる。危険な医薬品が氾濫したり、安全でない自動車が公道を走り回ったり、また、自由に放置すれば、多様化、複雑化、無秩序化してしまうならば、我々の生活は、著しく脅かされる。一方、過度な規制は、産業活動を停滞させるので避けるべきである。

(1)規制の目的

 規制の目的は、いろいろである。上記の消費者保護のほか環境保護や生産者の保護まで多くの規制が存在している。図表1-5に規制の種類と目的を示す。
 ここでは、産業科学論から規制をのべているが、規制には、この他、個人保護、放送内容、病床の規制、倫理的な規制など種々の規制が制定されている。
 国の許認可数は2000年頃約10、000件から11、000件であった。その後規制緩和が実施されているが、大きくは変化していないように思われる。

(2)規制の形態

 一般に政府による規制は、経済的規制と社会的規制に分類される。前者は特定産業への参入者資格、設備基準や、生産物の質、価格の基準などを定めて事業の公正を期するものであり、後者は消費者、労働者などの安全、健康維持、環境保護、災害防止などのための基準を定めてこれを保護するものである。政府による規制の形態には、法律による直接規制、それに基づく行政指導。民間に委託された第3者による、検査、承認がある。

(a)政府、行政による規制の形態

 政府、行政による規制には下記の形態がある。
 ①法規による規制。
 ②法規に基づく行政指導。
 ③政府認定による、第三者機関による検査―民間車検、建築確認

図表1-5 規制の目的

(b)規制の方式

 規制の方式には許可、免許性や設備の検査、資格者の配置などの形態がある。図表1-6に規制の形態と具体例を示す。


事業許可
免許制度 病院・診療所開設許可、旅客運送事業、大学認可など
資格制度 診療放射線技師法、臨床検査技師衛生検査技師等に関する法律、保健婦助産婦看護婦法、医師法など
設備基準 薬事認定工場(薬事法)、可燃物貯蔵施設(消防法)、船舶検査(船舶法)、旅館・ホテル(旅館業法)など

図表1-6 規制の形態と例

(c)資格の分類

 日本の資格は1200以上あるといわれているが、国家資格を分類すると、大きく下記に分類される。
 ① 業務独占資格
  業務独占資格とは、有資格者しか行うことができない業務が法律で規定されて
  いる国家資格のことである。
  業務独占資格の代表例としては、医師、診療放射線技師、臨床検査技師、衛生
  検査技師、看護師、弁護士、公認会計士、司法書士、税理士、行政書士、社会
  保険労務士、弁理士などである。
 ② 必置資格
  必置資格とは、特定の業務を行う事業者に設置が義務づけられている資格であ
  り、例としては、宅地建物取引業者、管理業務新任者(分譲マンションの管理
  業)などである。
 ③ 名称独占資格
  業務そのものは資格がなくても行うことができるが、有資格者でないとその資
  格名を名乗ることができないもの。社会福祉士や介護福祉士、調理師、中小企
  業診断士などである。

(3)企業、業界団体による自主規制

 政府規制のほか、業界団体や企業による自主規制である。表1-7に業界団体による規制の例を示す。

規制の方式 目的 利点 具体例
業界団体による自主規制 消費者の利便性 規格がまちまちでは困る
商品選択が容易 JIRA規格(日本放射線機器工業会)、
JIS(日本工業標準調査会)、CD-Rの規格(オレンジブック)など
生産者の利益 自主規制することで、政府規制を受けない。生産の効率化(品種削減を通じての量産化等)など

図表1ー 7 企業、業界団体による規制

(4)規制緩和

 日本経済における公正かつ自由な競争を一層促進することにより、日本市場をより競争的で開かれたものとする必要がある。
 産業の活性化を促進するため、競争阻害要因となる規制や商習慣を是正する必要がある。規制緩和の結果、自由競争が促進され、日本経済の高コスト構造が是正される。競争を正当に活発化させ、自由な企業と個人のイニシアティブが十分発揮できる社会にすることが、これからの日本経済の発展に必要である。

(a)規制緩和の目的・効果

 ①規制緩和は、競争を活発化させ、日本経済の高コスト構造を是正する。
 ②自由な創意工夫を引き出すことによって、新規事業を創出する。
 ③規制緩和による内外価格差の是正により、物価水準を下げ、新たな需要を生み、
  また、それらを用いた新産業を創生する。

(b)規制緩和の実現要件

 規制緩和を推進するためには、単に規制を無くし、無秩序の競争状態にならないように、企業と消費者の自己責任原則を確立することが重要である。そのためには、下記が必要である。

 ①行政運営における公正の確保と透明性の向上を図り、情報公開を進める必要が
  ある。
 ②民間の経済活動に関しても透明性を向上させるため、一層の情報公開を進める
  必要がある。

(c)規制緩和の具体化

 規制緩和により、経済の発展を図る。そのためには、下記が必要の施策が必要である。
 ①経済規制は廃止。
 ②社会的規制は最小にするのが原則。
 ③認可などの直接規制を事後チェック型に変換。図表1-8に示す。

図表1-8 直接規制から間接規制へ(1999年規制白書)